時事教養塾では、有料講座を受講中の皆様に、毎日、主要ニュースに関する解説5本を、「ニュース・ブリーフ」(ニュースの概要と解説、情報源等のリンク付メール)として送信しています。
今日お送りしたニュース・ブリーフから、1本のニュース解説を御紹介します。
・経済財政諮問会議、首相が経済対策を指示 需給ギャップがプラスで対策に疑問も
9月26日の経済財政諮問会議で、岸田首相が10月末までに経済対策を具体化するよう指示、賃上げと半導体等への投資促進での減税が一つの柱になると報じられています。会議で示された資料では、マクロ経済での需給ギャップがほぼゼロであることがあらためて示され、インフレが進む中での財政出動に疑問の声も上がっています。政治的には、岸田総理が減税を強調している点につき、解散への呼び水ではないかという見方が出ています。
「物価高を受けた新たな経済対策について、岸田総理大臣は26日の閣議で、▽持続的な賃上げの実現や▽国内投資の促進などを柱に具体化し、来月末をめどに、取りまとめるよう閣僚に指示しました。」「指示を受けて政府は27日、「新しい資本主義実現会議」を開き、重点項目としている▽賃上げに取り組む企業に対する減税の強化や、▽半導体を含めた戦略分野の国内投資を促す減税制度の創設などについて具体的な制度設計を検討していくことにしています。」(NHK NEWS WEB 2023年9月27日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230927/k10014207531000.html
岸田首相は一昨日の記者会見に引き続き、経済財政諮問会議で、経済対策の5本柱(物価対策、賃上げ、投資促進、少子化等、国土強靭化:公共事業)を挙げたうえで、それぞれの具体化を10月末までに行うよう指示しました。
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202309/26keizai.html
9月26日の会議では、内閣府提出の資料で、GDPギャップが小幅ながらプラスになっていることが示されました。GDPギャップ(GDPの需給ギャップ)とは、実際のGDPから、労働者や工場等をフル稼働させたときの潜在GDPを引いて、潜在GDPで割った数字です。実際のGDPを経済全体の需要、潜在GDPを経済全体の供給能力と捉えたとき、需要と供給の差が供給全体の何%かを表す数字です。
既に9月1日の時点で、今年4~6月期のGDPギャップはプラスだと内閣府が発表していました。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2023/0901/1319.pdf
ケインズ経済学的な考え方では、GDPギャップがマイナスなら、需要が足りないので労働力や工場などが有効活用されていないので、国債を発行してでも経済対策で政府が公的需要を増やすべきで、GDPギャップがプラスなら、供給能力以上に需要があるので、これ以上の経済対策をやっても、あとはインフレが起きるだけだから経済対策はするべきではない、ということになります。
その経済対策について議論すべき経済財政諮問会議でも、以下のように、GDPギャップは新型コロナで大きくマイナスに落ち込んだものの、その後の巨額経済対策や経済再開で急回復、上記のように、現在ではわずかにプラスとなりました。一方、この資料では同時に、供給力について、生産性はそれなりにプラスなものの、投資(資本投入量)が小さく、労働投入量は大きなマイナスになっていることも示されました。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2023/0926/shiryo_03.pdf
このため、経済対策をやるとすれば、GDPギャップでの需要不足を政府が穴埋めするのではなく、投資や雇用を増やして供給を増やすことを目的とすべき、ということになります。なお、需要不足の穴埋めをする政策を重視するのがケインズ経済学、供給力を増やす政策を重視するのが新古典派経済学と言われています。
こう考えれば、岸田首相の言う減税は、賃上げ減税で労働力投入を増やし、投資減税で投資(資本投入量)を増やして、供給力自体を増やすべき、という(新古典派的な)政策ということになり、その点では筋は通っていそうです。ただ、岸田首相は5本もの柱を経済対策に掲げているので、その中には需要を増やす発想の対策が入る可能性がありますし、現に自民党からは世耕参院幹事長のように、10~15兆円の対策が必要等、経済対策の規模を重視した発言があります。
第一生命経済研究所の首席エコノミスト熊野英生氏は、岸田首相が示した経済対策の「5つの柱をみて、(1)防衛費・少子化対策に税収増を回すという発想はないのか、(2)国民の不満は食料費高騰ではないか、(3)需要超過で財政刺激なのか、という3つの疑問」を呈しています(熊野英生「岸田首相の経済対策5本柱~3つの「なぜ?」~」第一生命経済研究所・経済分析レポート(Trends)2023年9月26日)。
https://www.dlri.co.jp/report/macro/282389.html
読売新聞の社説も、「「需給ギャップ」が4~6月期にプラスに転じ、3年9か月ぶりに需要不足が解消したとしている。従来の経済対策は、需要不足の穴埋めが目的だとされていた。状況が変わった今は、過度に需要を喚起すれば、インフレを加速させかねないとの指摘もある」と書いています(読売新聞2023年9月27日)。
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230926-OYT1T50205/
こうした批判に対し、新藤義孝経済財政・再生相は閣議後会見で、4~6月期にプラス転換した需給ギャップ(GDPギャップ)について今後も「プラス傾向が続くか慎重な見極めが必要」と述べています(ロイター日本版2023年9月26日)。
https://jp.reuters.com/article/shindo-gdp-gap-idJPKBN30W05C
日経は、首相が減税を強調したことにつき、「年末に控える負担増に関する議論の前に「減税」を訴えて選挙に臨むのではとの見方が浮上した」として、政治的な意図について報じています(日本経済新聞2023年9月27日)。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA264AJ0W3A920C2000000/