日銀がマイナス金利解除:異例の緩和から普通の緩和へ

本日3月20日のニュース・ブリーフのうち、日銀のマイナス金利解除に関する2本の解説を紹介します。

今日は、この解説に基づいて、中高生向けのニュース解説講座を実施し、受講者の皆さんと活発な意見交換がなされました。

 

1.日銀がマイナス金利解除、緩和姿勢は継続① 異例の緩和から普通の緩和へ

日銀がマイナス金利を解除、イールドカーブ・コントロールとETF買い入れも終了する等、アベノミクスでの大規模金融緩和の主要政策を軒並み終わらせることを決めました。金利引き上げは実に17年ぶりで、バブル崩壊後の金融政策の大きな転換点となります。ただし、これから利上げを続けるということではなく、緩和的な金融政策は続けるとしています。利上げには日銀の審議委員2名が中小企業への悪影響を理由に反対しました。為替レートについては、日銀が緩和姿勢の継続を示したため、かえって円安が進行しました。

「日銀は、きょうまで開いた金融政策決定会合で、「マイナス金利政策」を解除し、金利を引き上げることを決めました。日銀による利上げはおよそ17年ぶりで、世界的にも異例な対応が続いてきた日本の金融政策は正常化に向けて大きく転換することになります。」(NHK NEWS WEB 2024319日)

【詳しく】日銀 マイナス金利政策を解除 17年ぶり金利引き上げ 異例の金融政策を転換 金融政策決定会合 | NHK | 日本銀行(日銀)

 

・日銀は何をやめて、何を続けるのか? なぜ大きな政策転換と言われるのか? 

日銀は昨日の金融政策決定会合により、2 %の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断しました。このため、

①短期金利(ここでは、翌日に返す銀行間の金利:無担保コールレート)の一部をマイナス金利とする金融政策は「その役割を果たした」、つまり役割が終わったので、短期金利を00.1%に引き上げると決めました。これが「マイナス金利解除」です。また、

②イールドカーブ・コントロール(YYC、長短金利操作付き量的・質的金融緩和:長期金利の上限という数値目標を設定した国債買い入れ)をやめると決めました。更に、

ETF(上場株式投資信託)とREIT(不動産投資信託)の新規買い入れもやめることにしました。

 

ただし、当面は緩和的な金融政策を続けるとして、短期金利を更にどんどん上げるつもりはない姿勢を示しました。

金融政策の枠組みの見直し(2024年3月) (boj.or.jp)

 

①のマイナス金利政策は異例の措置で、銀行に対して、日銀に預けて資金を寝かせていたら「罰金」をとって、民間への貸出を促す政策です。②のイールドカーブ・コントロールは、長期金利を直接動かす(上がり過ぎないようにする)ことを目的とした国債売買なので、異例の措置だと言われてきました(数値目標なしの国債売買が普通)。③のETFREIT買い入れは、株価や不動産価格を日銀が押し上げるために、投資信託を通じて日銀が株や不動産を直接買い入れる政策ですから、異例というか、本来は市場経済に反する「禁じ手」とも言われていました。

安倍政権で始まったいわゆるアベノミクスとは、当初は、2%の物価目標を実現するために国債を大量に計画的に買い入れることと、2010年から始めた③のETFREIT買い入れを増やすことが柱でしたが、物価目標がなかなか達成できないので2016年に①・②を追加した形です。

 

今回の日銀の決定は、アベノミクスの途中で導入した①・②をやめて、民主党政権時から続けた③もやめるということで、バブル崩壊後に日銀がとってきた金融政策のうち、特に異例なものを軒並み終わらせて、植田総裁の言葉を借りれば、「普通の金融政策」に戻すことにしたことになります。

普通の金融政策とは、日銀が数値目標を掲げて動かすのは短期金利のみで、長期金利についてはこれまでのような上限を設けない、もちろん、株や不動産も買わないというやり方です。

 

日銀は一方で、そうした「普通のやり方」で、金融緩和は続けると言っています。つまり、短期金利をほぼゼロにする「ゼロ金利政策」は当面続ける、としています。「普通の金融政策」では、インフレなら金融引き締めで利上げと国債売却(長期金利上昇)、デフレなら金融緩和で利下げと国債買い入れ(長期金利下落)を行うので、金融緩和を当面続けるという日銀の決定は、結局はデフレの状態を完全に脱却していないと判断していることになります。

 

NHKによると、植田総裁は物価目標の達成まで緩和的な金融環境を続けるのか聞かれて、「理屈上は」「基調的な」物価上昇率がまだ2%には達していないと考えていると答えており、つまりは、今年や来年の予想物価上昇率が2%を超えていても、まだ物価上昇が続くと言いきれない、と述べています(NHK NEWS WEB 2024319日)。

【詳しく】日銀 マイナス金利政策を解除 17年ぶり金利引き上げ 異例の金融政策を転換 金融政策決定会合 | NHK | 日本銀行(日銀)

 

政府も、「脱デフレ宣言」を出すことは見送っており、まだ経済が悪くなるリスクがあると考えています(読売新聞2024319日)。

「デフレ脱却宣言」なるか…政府高官「宣言後に戻ったら目も当てられない」と慎重意見も根強く : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

 

 

このように、日銀も政府も、まだ経済状況が悪化してデフレに戻るリスクがあると考えています。日銀の植田総裁と岸田総理は、引き続き連携して政策運営にあたっていくことを確認し、「2%の物価目標の完全な達成にはまだ距離があるとして緩和的な政策は維持する」という日銀の方針を共有しました(NHK NEWS WEB 2024319日)。

日銀 植田総裁 岸田首相と会談 政策運営の連携を確認 | NHK | 日本銀行(日銀)

 

岸田総理は、政府と日銀が2013年に発表し、2%の物価安定目標を掲げた共同声明については見直さない考えも示しました(NHK NEWS WEB 2024319日)。

岸田首相 政府と日銀の共同声明は見直さない考え示す | NHK | 日本銀行(日銀)

結局、日銀が今回やめたのは、バブル崩壊後の金融緩和政策の中でも特に異例の部分だけで、通常の金融緩和は続けることになりました。

 

2.日銀がマイナス金利解除、緩和姿勢は継続② 中小企業への影響に懸念、円安は進行

日銀の昨日の決定は、異例の政策をやめるものの金融緩和政策を続けるというものだったため、長期金利は下落、円安も進行しました。日銀はマイナス金利等の異例な政策をやめる理由として賃上げ等を挙げていますが、中小企業の賃上げについては確信を持てないと植田総裁が正直に述べており、マイナス金利解除については日銀審議委員9名のうち2名が反対しています。17年ぶりの利上げの影響につき、様々なメリット、デメリットが指摘されています。

 

日銀の昨日の決定は、長期金利の上限を設けないし短期金利を上げるというものだったのに、それでもしばらくは短期金利でゼロ金利を続けるという「普通の金融緩和」を発表した形だったので、長期金利はむしろ下がりました。NHKは以下のように報じています。

 

19日の債券市場、日銀がマイナス金利政策の解除などを発表しましたが、市場では緩和的な金融環境が当面続くという見方が広がり、日本国債を買う動きが強まって、長期金利は一時、0.725%まで低下しています。」(NHK NEWS WEB 2024319日)

長期金利 一時0.725%に低下 日本国債を買う動き強まる 緩和的な金融環境続くとの見方広がり | NHK | 金融

 

更に、円安も進行しました。日経は、「一時1ドル=15090銭台と4カ月ぶりの円安・ドル高水準になった。マイナス金利を解除した日銀が追加利上げを急がない姿勢を示唆し、当面は日米金利差が縮まりにくいとの見立てから円売り圧力が続いた」と報じています。同紙は、市場関係者の見方として、日米の短期金利差がなお5%以上あるので、日本の金利が12%上昇しないと、円高は進まないかもしれないという意見を紹介しています(日本経済新聞2024320日)。

欧米勢、日銀利上げも円売り 日本株は「再評価の好機」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

 

・今回の決定で誰が得をして誰が損をする? 経済全体への影響は? タイミングは適切か?

 

長期金利が低下したことは、企業の借入金利や住宅ローン金利がすぐには上がらない可能性を示唆していますが、メガバンクはさっそく預金金利を一斉に20倍の0.02%にして、日銀の政策変更に敏感に反応する姿勢を見せています。銀行業界にとっては、ようやく金利がプラスの「普通の」世の中になるということで、利ザヤを稼ぐために貸出金利を今後引き上げていくことになるでしょう。日経も社説で、今回の決定だけなら直接の影響は小さくても、今後、「利上げがゆっくりと進めば、住宅ローンや企業向け貸出金利も上がり始めるだろう。家計も企業も新しい環境に備えていきたい」と書いています(日本経済新聞2024319日)。

[社説]「異次元緩和」脱却を成長の好機に - 日本経済新聞 (nikkei.com)

 

日銀が利上げしたときに中小企業が「利上げに備える」とは、普通は設備投資や賃上げを抑えるということなので、今回の決定が中小企業の賃上げを更に難しくなる可能性はあります。

このため、今回の日銀の政策決定会合でも、審議委員のうち2名がマイナス金利解除(短期金利の利上げ)に反対しました。日銀は反対意見を以下のように発表しています。なお、中村委員は日立製作所の出身で審議委員には珍しいメーカー出身者、野口委員は経済学者です。

k240319a.pdf (boj.or.jp)

(ついでに、金融政策を決める政策委員会の審議委員の顔写真とリンクを貼っておきます。各委員のプロフィールはリンク先で確認できます)

政策委員会 : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)

 

 

植田総裁も、中小企業の賃上げ動向について「ある程度の情報は収集し、これまでの中小企業の行動パターンを見て今後、こうなりそうかという予想もしているが、絶対、ある程度以上上がるという自信や根拠があってということでは必ずしもない。ただし、ここまでの大企業の賃金の動向をみると、中小企業は少し弱いということあっても全体としてはある程度の姿になるのではないかということで今回の判断に至った」と、大変率直に述べています(NHK NEWS WEB 2024319日)。

【詳しく】日銀 植田総裁 記者会見 マイナス金利政策解除 「大規模な金融緩和策は役割を果たした」 | NHK | 日本銀行(日銀)

中小企業の賃上げがマクロ経済にとって特に重要と考えるならば、今回の決定は、経済全体についてはマイナスのメッセージとなるリスクがありそうです。

 

円安がかえって進行したことについては、大企業にとっては円安による収益がまだ見込めること、中小企業と家計にとっては、インフレによる負担がまだまだ続くことを意味しています。家計にとっては、預金金利は20倍どころか100倍になっても雀の涙で、一方で住宅ローン金利は今後着実に上がるでしょうから、金利の変化だけ見れば日銀の利上げはマイナスです。問題は、利上げで円安が是正されてインフレが収まるかにかかっていますが、それも当面はないようです。

中小企業も今回の利上げについて、借入金利の上昇は痛いものの円安がおさまるなら仕入れコストが下がることに期待があったようですが、当面は当てが外れそうです。

一方で、金利がマイナスやゼロという世界では大変苦しかった金融業界にとっては、日銀の利上げは今後に期待できる動きです。

 

また、大企業は、金融緩和が結局続くなら円安が続いて高収益が見込めます。ETFREITの新規買い入れ中止は、株価や不動産価格にはマイナスに見えますが、市場を歪めるとして海外投資家から疑念も持たれていた政策でもあるので、かえって日本市場の信頼回復にはつながる可能性も指摘されていますし、現に株価もREIT価格も昨日は下がりませんでした。

経済全体への影響で言えば、中小企業の賃上げがマクロ経済にとって特に重要と見るならば、マイナスのメッセージかもしれません。