ICC検察、イスラエル首相とハマス指導者らに逮捕状請求 被疑者双方や米国が反発

国際刑事裁判所(ICC)の検察官が、イスラエル首相と国防相、及び、ハマスのリーダーと幹部に対して逮捕状を請求、国際人道法違反の容疑としています。米国やイスラエルは、ハマスの犯罪とイスラエルの自衛を同列に置くものだと反発、一方でICCの検察官は、法を平等に適用した結果だという声明を発表しています。

「イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突をめぐって、ICC=国際刑事裁判所のカーン主任検察官は、イスラエルのネタニヤフ首相やハマスのガザ地区トップのシンワル指導者など、双方の合わせて5人に対して逮捕状を請求すると明らかにしました。」(NHK NEWS WEB 2024年5月20日)

ICC イスラエル首相やハマス指導者ら 双方の5人に逮捕状を請求 | NHK | イスラエル・パレスチナ

 

ICCはなぜ双方に逮捕状を請求? 影響は?

 国際刑事裁判所、ICCは、ローマ規程という条約によって設立された機関で、戦争犯罪など重大な犯罪を犯した個人を訴追・処罰する歴史上初の国際刑事裁判所です(以下は外務省の説明資料です)。

出所:外務省

100437651.pdf (mofa.go.jp)

 

この裁判所が裁くのは、上記のローマ規程に定められた犯罪で、戦争犯罪や人道に対する罪等があります。ローマ規程の条文は以下で、今回の逮捕状請求では、特に、7条と8条の数多くの罪に基づいて、イスラエル・ハマス双方の指導者に容疑があるとしています。

a.pdf (mofa.go.jp)

 イスラエルも米国も、ローマ規程には加盟していませんが、世界120カ国以上がこの条約に加盟しているので、逮捕状の出たネタニヤフ首相やハマス指導者のシンワルらが、条約に加盟している欧州諸国等に行けば、その国は彼らを逮捕する義務があることになります。このため、彼らの行動は大きく制約されることになります。

 NBCは、法廷はイスラエルの指導者を訴追するのは難しいだろうが、逮捕状は彼らの海外渡航を困難にする可能性がある、としています。

 

ニューヨーク大学ロースクールの非常勤シニアフェローのあるフィヌケーン氏は、イスラエルは米国と同様、裁判所の管轄権を認めていないし、ローマ規程の締約国ではないが、逮捕状は、ヨーロッパの大部分を含む他の国々で、イスラエル当局者を逮捕の危険にさらすだろうとして、「実際問題として、ICCの逮捕状は渡航禁止令として機能しうる」と述べています(NBC News, May 20, 2024)。

ICC prosecutor applies for arrest warrants for Netanyahu and Hamas leader Sinwar (nbcnews.com)

 

 こうした効果は、プーチンへの逮捕状(ウクライナから子ども達を強制移送させた戦争犯罪)でも見られたところです。ICCの赤根智子裁判官(現・裁判所長)はプーチンへの逮捕状について、「逮捕状を出すときは逮捕の必要性があるかどうか、事実の裏付けがあるかどうかだけで判断している。これはプーチン大統領だろうがほかの人であろうが、全く変わらない検討過程だ」と述べています(NHK NEWS WEB 2023127日)。

ICC赤根裁判官 “プーチン氏に逮捕状出す十分な証拠あった” | NHK | プーチン大統領

 

ICC検察官カリム・AA・カーンKCの声明では、まず、ハマスの指導者ヤヒヤ・シンワルとその他2三の幹部(モハメッド・ディアブ・イブラヒム・アル・マスリ(デイフ)、イスマイル・ハニエ)への逮捕状請求の理由を次のように列挙しています(一部省略)。

・ローマ規程第7条第1(b)に反する人道に対する罪としての絶滅。

・第7条第1(a)に反する人道に対する罪としての殺人、および第8条第2(c)(i)に反する戦争犯罪としての殺人。

・人質を戦争犯罪としてとらえること、第8条第2(c)(iii)に反すること。

・第7条第1(g)に反する人道に対する罪としての強姦およびその他の性的暴力行為、および第8条第2(e)(vi)に基づく戦争犯罪としての捕虜の文脈における戦争犯罪。

・第7条第1(f)に反する人道に対する罪としての拷問、また、第8条第2(c)(i)に反する戦争犯罪としての拷問。

 

カーン検察官は、ハマスの犯罪行為について、キブツや音楽祭の会場を訪れた際、「私はこれらの攻撃の悲惨な光景」と、「非良心的な犯罪の深刻な影響を目の当たりにした」、「家族の愛、親子の最も深い絆が、計算された残酷さと極度の冷淡さによって、計り知れない痛みを与えるように歪められた」、「これらの行為は責任を問われるべきだ」と強く非難しています。

 

さらに、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と国防大臣ヨアブ・ガラントが、「以下の戦争犯罪および人道に対する罪について刑事責任を負っていると信じるに足る合理的な根拠」があるとしています(一部省略)。

・規程第8条第2(b)(xxv)に反する戦争犯罪としての民間人の飢餓

・第8条第2(a)(iii)に反して故意に身体若しくは健康に重大な苦痛を与え、若しくは重大な傷害を負わせること、又は第8条第2(c)(i)に反する戦争犯罪としての残虐な扱い

・第8条第2(a)(i)に反する故意の殺人、または第8条第2(c)(i)に反する戦争犯罪としての殺人。

・第8(2)(b)(i)または第8(2)(e)(i)に反する戦争犯罪として、民間人に対する攻撃を意図的に指示すること。

・第7条第1(b)および第7条第1(a)に反する絶滅および/または殺人(飢餓による死亡の文脈を含む)は、人道に対する罪である。

  

カーン検察官は、「イスラエルは、すべての国家と同様に、自国民を守るために行動を起こす権利がある。この権利は、イスラエルやいかなる国家も、国際人道法を遵守する義務を免除するものではない。どのような軍事的目標があろうとも、イスラエルがガザでそれを達成するために選んだ手段、すなわち、意図的に死、飢餓、大きな苦痛、民間人の身体や健康への深刻な損害を引き起こすことは犯罪である」としています。

Statement of ICC Prosecutor Karim A.A. Khan KC: Applications for arrest warrants in the situation in the State of Palestine | International Criminal Court (icc-cpi.int)

 

この逮捕状請求を、イスラエル、米国、ハマスが揃って批判しています。

 イスラエルのヘルツォグ大統領は、「テロリストと民主的に選ばれたイスラエル政府との間に類似性を引き出そうとするいかなる試み」も断じて容認できないと述べ、バイデン米大統領は、「検察官が何を言おうと、イスラエルとハマスの間には同等性など全くないということをはっきりさせておきたい。米国はイスラエルの安全保障について常にイスラエルを支持する」と述べました(ロイター日本版2024520日)。

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米など猛反発 | ロイター (reuters.com)

Statement from President Joe Biden on the Warrant Applications by the International Criminal Court | The White House

 

 ハマスは、「法的根拠なしに多数のパレスチナのレジスタンス指導者に逮捕状を発行することで、犠牲者を侵略者と同一視する」試みであると述べました(CNN, May 20, 2024)。

Hamas and Israeli leaders may face international arrest warrants. Here’s what that means | CNN

 

カーン検察官は、赤根裁判官同様、今回の逮捕状請求は、法を平等に適用した結果だと強調して、以下のように述べています。

As I also repeatedly underlined in my public statements, those who do not comply with the law should not complain later when my Office takes action. That day has come.

私も公式声明で繰り返し強調したように、法律に従わない者は、後で私たちが行動を起こすときに文句を言うべきではない。その日が来たのだ。」

Today we once again underline that international law and the laws of armed conflict apply to all. No foot soldier, no commander, no civilian leader – no one – can act with impunity. Nothing can justify wilfully depriving human beings, including so many women and children, the basic necessities required for life. Nothing can justify the taking of hostages or the targeting of civilians.

 本日、我々は、国際法及び武力紛争法がすべての人に適用されることを改めて強調する。歩兵も、司令官も、文民の指導者も、誰一人として、処罰されずに行動することはできない。多くの女性や子供を含む人間から、生活に必要な基本的な必需品を故意に奪うことを正当化することはできない。人質の奪取や民間人の標的化を正当化するものは何もない。」

Statement of ICC Prosecutor Karim A.A. Khan KC: Applications for arrest warrants in the situation in the State of Palestine | International Criminal Court (icc-cpi.int)